東京銀器 菓子切り(和楊枝) 5本セット
東京銀器 菓子切り(和楊枝) 5本セット
東京銀器 菓子切り(和楊枝) 5本セット
東京銀器 菓子切り(和楊枝) 5本セット
東京銀器 菓子切り(和楊枝) 5本セット
東京銀器 菓子切り(和楊枝) 5本セット
東京銀器 菓子切り(和楊枝) 5本セット
東京銀器 菓子切り(和楊枝) 5本セット
東京銀器 菓子切り(和楊枝) 5本セット
東京銀器 菓子切り(和楊枝) 5本セット

上田銀器工芸

上田 耕造

通商産業大臣指定・国の伝統工芸士

上田銀器工芸

上田銀器工芸株式会社は、葛飾区・堀切菖蒲園駅近くに工房を構える、日本屈指の銀食器メーカーである。創業は大正15年。先代・上田新次郎氏が横浜で修業後に台東区で創業し、戦後に現在の地へ移った。百貨店ブランドの名で世に出ることが多い業界にあって社名の知名度は高くないが、その製造技術は国内随一と評されている。
その品質は、皇后美智子様のご実家・正田家に認められたことをきっかけに、宮内庁の御用を務めるまでに至った。御成婚時の白樺のお印入り銀食器をはじめ、宮中晩餐会用テーブルウェアや、雅子様の浜茄子のお印入り銀食器も同社の製作であり、現在も修理や製作の依頼を直接受けている。
代表の上田耕造氏は、父のもとで修業中、海外基準の厳しさに直面し、日本の伝統技法・鍛金法を応用して強度と美しさを追求した人物である。成型と鍛金を融合させた独自の製法を確立し、「特別ではない、当たり前に良いもの」を信条に、世界に通じる銀食器を作り続けている。

こだわり

こだわり

上田銀器のテーブルウェアは、徹底した鍛金と惜しみない銀の使用によって生み出される、確かな強さと美しさが特徴である。
スプーンやフォークは厚みがあり、大の男が力を込めても簡単には曲がらないほど堅牢だ。
その品質は、指で弾いたときに響く澄んだ鈴のような音にも表れており、作りの密度と素材の良さを物語る。
上田さん自身、近年ようやく製品に自信が持てるようになったと語るが、その背景には、量産や効率を優先せず、自分が本当に作りたい銀食器を追求してきた姿勢がある。
銀食器の本場であるヨーロッパでは、良質な銀食器を作り続けることが難しくなっている今、日本で志を持ってものづくりができることを幸せだと感じているという。評判を聞きつけ、価値を理解した顧客が支えてくれるからこそ、妥協のない仕事が続けられる。上田銀器の製品には、高価である以上に、作り手の誇りと想いが宿り、手にする人にも静かな誇らしさを与えてくれるのである。

暮らしと美を映す銀器

暮らしと美を映す銀器

日本における銀器の歴史は古く、奈良・平安時代にはすでに仏具や装身具として銀が用いられていました。銀は金に次ぐ貴金属として尊ばれ、寺院や貴族社会において、荘厳さと清浄さを象徴する素材とされてきました。中世には武具の装飾や茶道具にも用いられ、実用品でありながら美術的価値の高い工芸品として発展していきます。
江戸時代に入ると、町人文化の成熟とともに銀器づくりは大きく花開きます。鍛金や彫金といった高度な技法が洗練され、煙管、簪、盃、香炉など、日常生活に寄り添う銀器が数多く生み出されました。とりわけ江戸では、実用性と意匠性を兼ね備えた粋な銀細工が好まれ、職人たちは確かな技と美意識を競い合いました。
明治以降は西洋文化の流入により、カトラリーやテーブルウェアといった洋式銀器の需要が高まり、輸出工芸としても発展します。現代においても、伝統技法を受け継ぎながら、暮らしに調和する銀器が作り続けられており、日本の銀器は用の美と職人の精神を今に伝える存在となっています。

上田耕造/上田銀器工芸

東京銀器 菓子切り(和楊枝) 5本セット

販売価格(税込): ¥77,000
在庫あり
  • ■ 色: シルバー
  • ■ サイズ: 全長112mm
  • ■ 素材: Silver925
【東京銀器】東京銀器 菓子切り(和楊枝) 5本セット

日本の伝統技法を駆使して銀製和楊枝に、精細な彫金と彩金仕上げを施した、12ヶ月の菓子切り(和楊枝)を作成いたしました。
美の世界と実用性の両立、ぜひ手にとってご堪能ください。

※下部に表示されます、12種類の中から5本お選びいただき、ご購入時に【備考欄】へ「月」もしくは「花の名前」をお書き添えください。

¥6,000以上送料無料

合計金額が6,000円以下の場合、送料は全国一律700円となります。

上田銀器工芸

上田 耕造

通商産業大臣指定・国の伝統工芸士

上田銀器工芸

上田銀器工芸株式会社は、葛飾区・堀切菖蒲園駅近くに工房を構える、日本屈指の銀食器メーカーである。創業は大正15年。先代・上田新次郎氏が横浜で修業後に台東区で創業し、戦後に現在の地へ移った。百貨店ブランドの名で世に出ることが多い業界にあって社名の知名度は高くないが、その製造技術は国内随一と評されている。
その品質は、皇后美智子様のご実家・正田家に認められたことをきっかけに、宮内庁の御用を務めるまでに至った。御成婚時の白樺のお印入り銀食器をはじめ、宮中晩餐会用テーブルウェアや、雅子様の浜茄子のお印入り銀食器も同社の製作であり、現在も修理や製作の依頼を直接受けている。
代表の上田耕造氏は、父のもとで修業中、海外基準の厳しさに直面し、日本の伝統技法・鍛金法を応用して強度と美しさを追求した人物である。成型と鍛金を融合させた独自の製法を確立し、「特別ではない、当たり前に良いもの」を信条に、世界に通じる銀食器を作り続けている。

こだわり

こだわり

上田銀器のテーブルウェアは、徹底した鍛金と惜しみない銀の使用によって生み出される、確かな強さと美しさが特徴である。
スプーンやフォークは厚みがあり、大の男が力を込めても簡単には曲がらないほど堅牢だ。
その品質は、指で弾いたときに響く澄んだ鈴のような音にも表れており、作りの密度と素材の良さを物語る。
上田さん自身、近年ようやく製品に自信が持てるようになったと語るが、その背景には、量産や効率を優先せず、自分が本当に作りたい銀食器を追求してきた姿勢がある。
銀食器の本場であるヨーロッパでは、良質な銀食器を作り続けることが難しくなっている今、日本で志を持ってものづくりができることを幸せだと感じているという。評判を聞きつけ、価値を理解した顧客が支えてくれるからこそ、妥協のない仕事が続けられる。上田銀器の製品には、高価である以上に、作り手の誇りと想いが宿り、手にする人にも静かな誇らしさを与えてくれるのである。

暮らしと美を映す銀器

暮らしと美を映す銀器

日本における銀器の歴史は古く、奈良・平安時代にはすでに仏具や装身具として銀が用いられていました。銀は金に次ぐ貴金属として尊ばれ、寺院や貴族社会において、荘厳さと清浄さを象徴する素材とされてきました。中世には武具の装飾や茶道具にも用いられ、実用品でありながら美術的価値の高い工芸品として発展していきます。
江戸時代に入ると、町人文化の成熟とともに銀器づくりは大きく花開きます。鍛金や彫金といった高度な技法が洗練され、煙管、簪、盃、香炉など、日常生活に寄り添う銀器が数多く生み出されました。とりわけ江戸では、実用性と意匠性を兼ね備えた粋な銀細工が好まれ、職人たちは確かな技と美意識を競い合いました。
明治以降は西洋文化の流入により、カトラリーやテーブルウェアといった洋式銀器の需要が高まり、輸出工芸としても発展します。現代においても、伝統技法を受け継ぎながら、暮らしに調和する銀器が作り続けられており、日本の銀器は用の美と職人の精神を今に伝える存在となっています。