江戸の暮らしが息づく技と美

北澤木彫刻所 北澤秀太

江戸木彫刻 北澤彫刻所 北澤秀太




 ▲面作りの作業中の北澤秀太さん。


 ▲江戸木彫はすべてが手作業、木の塊から削りだす。
じっくりと考えて選んだ 木彫刻への道
 江戸木彫刻とひと口にいっても、その仕事は多岐に渡る。その歴史を振り返るに、仏像をはじめ、寺院仏閣の建築美術、皿、茶碗などの暮らしの道具類から装身具にいたるまで、日本文化そのものに木彫刻は関わってきたといっていい。
 たとえば、伝統芸能の「能」の世界にも「能面師」や「面打ち師」と呼ばれる木彫の職人たちがいる。
 北澤秀太さんは、その能面師の一人。若手を代表する職人である。1968年葛飾生まれ、実の父は、北澤一京氏。富岡八幡宮の神輿や成田山新勝寺の獅子頭、故石原裕次郎氏の仏壇を製作したことで知られる江戸木彫界の重鎮である。
 幼い頃から、父の仕事を間近で見るのが好きだったという。しかし、父から一言も跡を継げと言われたことはなかった。厳しい世界だということはわかっていたので、継ぎたい気持ちはあったものの、決心がつかず、大学進学の道を選んだ。進学したのは国立の東京農工大学、専攻したのは林産学科だった。
「樹木について学べると思って入ったんですが、やってることは科学でしたね(笑)。ただ、まったく反対の事をやっていたせいか、やっぱり自分は木彫をやりたいんだと思うようになったんです」
 卒業時、本人のキャリアや当時の時代背景からしても、さまざまな選択肢はあったと思われる。しかし、迷うことなく父に弟子入りを志願した。父は「やりたいならやれ」という感じだったという。修行は、道具の手入れや研究から将来の道まで、すべてが自己責任であり、手取り足取り指導してくれることはなかった。
 北澤さんは、父である師匠から与えられる荒彫りなどの下仕事を黙々とこなしていく日々を送る。父親の仕事を徹底的に観察し、真似た。しかし、常に心の片隅には、いつかは父親と違う自分にしかできない木彫のスタイルを築きたいという気持ちがあったという。
 そんな北澤さんに転機が訪れたのは、修行を終え、独立してからのことだった。


自分にしかできない木彫のスタイルを求め、飛び込んだ能・狂言の世界
 江戸木彫の職人会が縁で、日本を代表する面打ち師の伊藤通彦氏に出会う機会に恵まれたのだ。
「その時は講習会のような形式で、一年をかけて般若の面を作ったんですが、面を作ることが、すごい楽しいと思えたんです。彩色があるというのも面白かったし、もっと習いたいという思いで、伊藤先生の門を叩いたんです」
 その時から、北澤さんの新たな木彫の修行が始まる。無我夢中で面を彫りつづけた。
「基本的な木彫という技術は、能面も欄間も変わらないんです。でも、材料が木だけじゃない。絵具もあれば、紐も必要。僕の場合、葛飾の職人会という他業種の職人さんが集まる組織があったおかげで、さまざまな職人さんに支援してもらえたんです。本当に幸運だったと思います」
 そこに、さらなる幸運が重なる。友人の一人が狂言界の人間国宝である野村万蔵師の弟子となっていたのである。その縁で、北澤さんは、自分が彫り上げた能面を見てもらう機会に恵まれた。その出来栄えが評価され、野村家に面を納める面打ち師として、一歩を踏み出すことができたのだ。

 ▲ヤスリを使うことなく、さまざまな鑿(のみ)を使って表面を滑らかに仕上げていく。



木の塊から、イメージを生みだす楽しさ、夢は世界に広がり続ける
 今、北澤さんの元には、国内だけでなく世界各国からさまざまなオファーが舞い込む。
 最近、話題になったといえば、2011年サンフランシスコで上演された海外の役者達によるシェークスピアの能舞台だ。演目は「リア王」。その主役であるコーデリア姫の面を北澤さんが彫り上げた。彫りの深い外国人の顔を違和感なく能面で表現した高い技術が、内外で絶賛された。
 また、同じ年、イギリスの劇作家ジャネット・チョング氏が書き起こした新作英語能「PAGODA」のツアーが中国と日本で開催され、北澤さんはその面の製作やワークショップなどを担当し、北京大学で講演もした。
「海外の役者さんと仕事するということは、いろんな意味で勉強になりますし、とても刺激的なことです」
 実は、北澤さん自身も、仕事の合間を見つけては、狂言の舞台に立っている。自らが表現者となることで、面に対しての考え方を深められたらと考えているそうだ。
「木彫の楽しさは、木の塊から、自分のイメージが生まれてくること。だから、自分のイマジネーションが豊かであるように努力することが、製作者として大事だと思うんです」
 北澤さんの彫り上げた面を見ると、その凛とした美しさに魅了されると同時に、気圧されるような迫力を感じる。まるで、すべてを見通されているかのような気持ちになる。この感覚は絵画や彫刻などの他の美術品にはない感覚である。
 北澤さんの面と対峙すると、能や狂言という舞台が、役者、衣装のみならず、面を含めて、それぞれが持つ魅力を統合して成り立つ芸術なのだということをあらためて感じる。
 土産物ではない、舞台用の本物の能面の魅力というものを、ぜひ、このサイトを通して感じていただければ幸いである。

 ▲北澤さんが彫り上げたコーデリア姫の能面。


 ▲ご自身も表現者として舞台に立つ。


■北澤秀太氏の製作工程がご覧いただけます ※音が出ます
9件の商品がございます。

小獅子(能面)

350,000 円
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